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メタスタージオ《デモフォオンテ》あらすじと再演情報

トラキアを舞台にするオペラ《デモフォオンテ》は、メタスタージオ円熟の中期に書かれ、宮廷オペラとして大変に成功した作品です。18世紀末までに少なくとも76人の作曲家によってオペラ化されているほか、19世紀前半にもまだ作曲が続き、その中でもヨンメッリは4回も、ハッセも3回も稿を改め発表しているほどに気にいられていたようです。

この作品は、メタスタージオのどの作品でもお馴染みの愛と義務の葛藤がフューチャーされ、神の手によって突然解決されるハッピーエンディングなど、クリシェではあるのですが、クレウーザの思い上がった姿、デモフォオンテの王としてまた父としての人間的な側面、そしてディルチェーアの深い愛といったそれぞれの人物が説得力をもって大変魅力的に描かれ、名前を聞いただけでまぶたの裏にその人物が浮かび上がってきます。「枝を折れば花が咲く」なんてデモフォオンテ王のセリフ、彼の非道い考えをこれような形でかくも美しく軽妙に、さらに、ギリシャ神話にでてくるデモフォオンテ伝説のアーモンドを想起させるように表現できることに驚きますが、そういう各所での重層的な積み重ねが人物像や劇全体に深みを出していると感じます。
メタスタージオ節とでもいうか、台本のどの部分を取っても言葉が美しく、詩の韻律を意識しながら朗読を繰り返すと内容がもっと伝わってくるでしょう。最後の解決の場面など、説得力はイマイチながらも涙なしには読めません、本当いいですね。

デモフォオンテ王は息子に「平民のような自由な恋はできない」と押し付け、大変な堅物に見えますが、ギリシャ神話での彼は、難破でトラキアの海岸に流れつき、その地のトラキアの王女フュリスと愛し合うようになり婚約をするも、フュリスの父のシトン王に船を直してもらうとすぐに故郷に帰り、別の娘と恋仲になってしまうという”軽い”人物で、彼がトラキアに戻るとすでにフュリスは死に、アルテミスによってアーモンドの木に変えられているのを知って深く後悔し、自身もアーモンドになるという人物です。

個人的には、ずいぶん前にこのブログでもお知らせしたように2009年ザルツブルクのペンテコステ音楽祭で初演されたヨンメッリの1770年ナポリ版《デモフォオンテ》に駆けつけ舞台を見ていますが(結局CDが出ないのはどういうことでしょう。youtubeなどで聞けますけれども)、作品の中身を全く知らない子供のころからデモフォオンテという二重母音の名前がオペラのリスト一覧にあるのでずっと気になってきました。またトルコとの遠距離恋愛をしていた時期、トルコ物オペラに注目していて(トラキアとトルコは違いますが大きい地域としてはだいたい)この作品は常に目に入ってきていましたので、今回日本語あらすじを載せてやっと義務から解放された、という気分です。もちろん誰に頼まれているわけでもありませんが。

最近、様々なアリア集(CD)等にデモフォオンテからのアリアが含まれることも多いので、以下のあらすじと場面要約をもとに全体像を想像して頂きたいと思いますが、全曲盤とうたうシュースターのCDは、かなりのレチタティーヴォ等がカットされていますので注意が必要です。またモーツァルトがこの歌詞を利用して作曲した6曲のコンサートアリアをもとにオペラ仕立て再構築したCDも面白いものです。
http://www.amazon.com/Mozart-Demofoonte-Fragments-Opera-Hybrid/dp/B0019I0FP2

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■《デモフォオンテDemofoonte》
■台本: メタスタージオ 12作目のドランマ・ペル・ムージカとして
■初演: 1733年11月4日、
■初演作曲家: カルダーラ
■登場人物:

デモフォオンテDemofoonte: トラキアの王
ディルチェーアDircea:     ティマンテの秘密の妻
クレウーザCreusa:       フリギアの王女、ティマンテの許嫁
ティマンテTimante:      デモフォオンテの息子で王子と信じられている(実際はマトゥージオの子)
ケリントCherinto:       デモフォオンテの息子、クレウーザの恋人
マトゥージオMatusio:      ディルチェーアの父と信じている(実際はティマンテの父)
アドラストAdrasto:        王宮衛兵帯隊長
オリントOlindto:         ティマンテの幼子

■場面設定: トラキアのケルソネスにあるデモフォオンテの王宮

■あらすじ:

トラキアのケルソネスを治めるデモフォオンテは、アポロの神託が定めていた毎年一人の処女を犠牲とするむごい祭祀をいつやめれば良いのか、アポロの神託に直接伺いを立てるが、その返答は次のようなものであった:
[Con voi del ciel si plachera’ lo sdegno,
あなたがたの天は、
quando noto a se stesso         
自身が、王国の無辜の略奪者であったことに
fia l’innocente usurpator d’un regno.  
気づいたとき、その怒りを止めることだろう。]

その真意を測りかねた王は、その意味が分かる時を待つことにし、その間に今年の犠牲祭の準備を進め、犠牲にならねばならない不幸な処女の名前を書きれた紙を籤箱に入れる。王国の重鎮の一人、マトゥージオは、ディルチェーアを自身の娘と信じさせて育てていたが、犠牲となる娘たちの運命を変えさせることはできないため、自分の娘が選ばれることがないよう、彼女らをトラキアから遠く離れた場所で育てていた。デモフォオンテは、このマトゥージオの弱腰に腹をたて、その代償に、籤を引く前に無辜のディルチェーアを犠牲にすることに決める。
ディルチェーアは、しかし、デモフォオンテの息子で後継と考えられているティマンテと秘密のうちに結婚していた。というのも、この国の古い法律に、王位を継ぐ者と結婚する臣民は、何人たりとも死刑に処すという決まりがあったからである。デモフォオンテはそれ故、ティマンテのディルチェーアとの秘密の結婚について全く知らず、彼のためにフリギアの王女クレウーザを許嫁と決め、その父王とも堅い誓いを交わしていた。そして、デモフォオンテのもうひとりの息子、若いケリントを、その約束を果たし、新婦をトラキアにやってこさせるためにフリギアに派遣する。その間に、戦場に出ていたティマンテにも、何も伝えぬまま、王宮への帰還を急がせた。
彼は到着するや否や、自身とディルチェーアの危険を察し、彼女を守ろうと謝罪をした。しかし、その謝罪こそが、祈り、不安、暴力を引き起こし、彼らの秘密の結婚は王に知れることとなった。ティマンテは、責任を感じて、クレウーザの結婚についての父の命令に従わず、勅命に反し軍隊とともに反旗を翻した。ディルチェーアは、ティマンテとの結婚において王国の法律に反することとなり、死刑が宣告されることとなった。この反人道的な宣告を執行しようとしたその時、暴君デモフォオンテは、多くの人々からの嘆願によって父としての哀れみを感じ始め、許しの言葉を口にする。それが知らされた時、ティマンテはその予期せぬ知らせに喜ぶ。しかし、その喜びの絶頂の途中で、実はディルチェーアはデモフォオンテの娘であると示す確かな証拠をもった人物が登場することで、すべては驚きに変わる。ようやく不幸の重圧から解放されたばかりなのに、ここでさらなる不幸に見舞われ、地獄にも起きたことがないような混乱と恐怖へと突き落とされる。彼の失望は、もはや避けようがないと思われたが、彼の実際の立場について予期せぬ良い情報が知らされる。つまり、彼は、王位の継承者でもなく、デモフォオンテの息子でもなく、実はマトゥージオの息子であったことが判明するのである。
ここですべての状況は変化し、ティマンテは恐怖から解放され、ディルチェーアを抱きしめる。そしてデモフォオンテにはケリントこそが本物の後継者であることが明らかとなり、クレウーザ王女の結婚の約束を果たすために、彼をクレウーザ王女の新郎とするのであった。そして、ティマンテは、神託に表れていたように、無辜の簒奪者であることが明らかとなり、ここに王国で毎年執り行われていた犠牲祭もまた解消されることになった。

[ガイウス・ユリウス・ヒュギーヌスHyginus著, 『フィラルキオex Philarchio』 第2巻より翻案]

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■第一幕
●第1幕・第1景(第1-4場)
 [階上のテラスに設けられた菜園。ここよりデモフォオンテ王の宮殿の様々な部屋に通じている]]
(I-1) ディルチェーアとマトゥージオは、毎年行われる非道な生贄の儀式について話している。生贄に選ばれることないよう、マトゥージオはディルチェーアを遠く離れて育てているが、それがもとで王の怒りをかっていることを二人は既に知っている。マトゥージオは、王の怒りに対しても怖がらないと歌う< O piu’ tremar non voglioこれ以上恐ることは望まない>。(I-2) 死刑になる危険を冒して密かに結婚しているディルチェーアとティマンテは心配のうちにあり、ディルチェーアはすべてをあなたに託すと歌う< In te spero, o sposo amatoあなたに望む、あぁ愛する夫よ>。(I-3) ティマンテは、父デモフォオンテ王がディルチェーアとの秘密の結婚のことをもう知っているのではないかと楽観的に王宮に帰り着くと、すでに長年不和にあったケリントの王女クレウーザが許嫁として決められており、弟ケリントが彼女を迎えに行っていることを知り絶望する。デモフォオンテはティマンテを呼び出すと、結婚とともに休戦になることを喜ばしげに知らせ歌い< Per lei fra l’armi dorme il guerriero彼女によって、武器の間で戦士は眠る>、神託を求めに洞窟に向かう。(I-4) ティマンテは一人、ディルチェーアとのことを想い嘆き歌う< Sperai vicino il lido海岸近くでは風は止んでいると願い信じていたのに>。

●第1幕・第2景(第5-13場)
[海の港。フリギアからの王女の到着のため、華々しく飾り付けられている。遠景に多くの船。中でも、最も大きな船から、金管楽器の音色とともに、多くの宮廷人が上陸してくる。]

(I-5) ケリントに導かれクレウーザはトラキアに到着する。しかし、ケリントが次第に塞ぎ込むのでクレウーザは訳を尋ねると、ケリントはついに自らの愛を告白する。クレウーザはそれには応えられないと答えるので、ケリントはもう死ぬしかないと歌う< T’intendo, ingrata 貴方のことはよく分かった、非道い人よ>。(I-6) そこにティマンテが現れ、ケリントはクレウーザを紹介する。ティマンテは丁重な挨拶をするが、この結婚は親のためで自分としては不服で結婚したくはないのだと言うので混乱するクレウーザ。(I-7) ケリントと二人になったクレウーザは、私を愛しているならこのような辱めをしたティマンテを殺してと強く迫り歌う< Non curo l’affettoその愛には応えられない>。(I-8) ケリントは一人、クレウーザとティマンテの板挟みになった状況を悩む< Il suo leggiadro visoあの優美なかんばせが>。(I-9) ティマンテの結婚を知り、マトゥージオは、ディルチェーアの手を取り怒りながら登場し、二人は怒り嘆く。(I-10) ディルチェーアとティマンテは二人、その運命に悲しみ、ディルチェーアは残された息子を頼むと涙ながらに別れを告げる。(I-11) そこにマトゥージオが急いで戻ってきて、ディルチェーアが籤によらず直接生贄として選ばれてしまったことを知らせにやってくる。(I-12) そこに衛兵とともにアドラストが現れディルチェーアを捕える。悲しみの中、ディルチェーアは愛するティマンテと父に別れを告げながら歌う< Padre, perdona … Oh pene! 許してください父上、あぁなんという苦しみ>。(I-13) 残されたティマンテとマトゥージオは悲しみの中で和解し、なんとか彼女を助ける道はないかとティマンテは歌う< Se ardire e speranzaもし勇気と希望を>。


■第二幕

●第2幕・第1舞台(第1-3場)
[居室Gabinetto]

(II-1) デモフォオンテのもとにやってきたクレウーザは、自分が新婦として扱われなかったためすぐにフリギアに戻りたいと訴える。デモフォオンテは驚きその訳を尋ね、ティマンテの行為を知ることとなる。そこでデモフォオンテは明日にでも結婚をさせると王として約束するので、クレウーザはその約束を果たすようにと歌う。< Tu sai chi son; tu saiあなたは知っているでしょう私が誰だか>。(II-2) デモフォオンテはクレウーザの思い上がった態度に驚き、どんな人物かとティマンテを呼び出す。ティマンテはしかし、クレウーザのことよりも先にディルチェーアの生贄の件を考え直してくれないかと懇願するので、デモフォオンテは王として前言撤回は無理だと答える。そこでティマンテは涙ながらにその恋を告白するので、デモフォオンテは、ディルチェーアを生かしておくことを認めるも、しかしクレウーザとの結婚を条件にし、すぐに神殿に連れて行こうとする。ティマンテはそれを拒むので、二人の諍いは限界にまで達し、ティマンテは何をするかわからないぞと歌う< Prudente mi chiedi? 思慮深くあれと私に望むのか?>。(II-3) デモフォオンテは一人、王国のためにディルチェーアの犠牲は不可欠であり、そして国民には、ディルチェーアが犠牲に値する処女であったことを宣言しなければと内省しながら歌う< Se tronca un ramo, un fioreもし枝を切り落としたら、それで花が咲く>。

●第2幕・第2景(第4場)
[柱列(ポルティコ)のある廊下]

(II-4) マトゥージオとティマンテは、王との最後の調停も無理となった今逃げるほかない。マトゥージオは先に港に行って船に乗り、そしてティマンテは、衛兵を倒してディルチェーアを救い合流すると話合い、マトゥージオは計画がうまくいくよう願いながら歌う< E’ soccorso d’incognita mano見知らぬ手によって助けられる>。

●第2幕・第3景(第5-8場)
 [ティマンテ、そして白い服に身を包み花の冠を戴くディルチェーアが衛兵とともに登場。そして、神殿の神官たち。]

(II-5) ティマンテは平民に身をやつしてディルチェーアのいる神殿までたどり着き、ディルチェーアと邂逅する。すぐに儀式が執行されることになったと知らされるも、ティマンテは、周りに多くの協力者がいるからすぐ逃げようと言う 。(II-6) ディルチェーアはしかしその計画に躊躇し、ティマンテの幸せを祈り死んでいくと歌う< Se tutti i mali mieiもし私のすべての不幸を>。(II-7) 場面はクレウーザとケリント二人。ケリントはクレウーザの美しさを讃え、ティマンテのことを愛しているのかと尋ねクレウーザの真意を図ろうとケリントは歌う< No, non chiedo, amate stelleだめだ、聞けない。私の美しい星よ>。(II-8) クレウーザは一人、ティマンテと結婚すれば問題は解決するのにと思うが、王妃となるためにはそんな弱気なことではいけないと自らを奮い立たせる< Flelice età dell’oro黄金色の幸せな時よ)。


●第2幕・第4景(第9-11場)
[アポロ神に捧げられた神殿の中庭。壮麗ながらも短い階段によって神殿内部に導かれている。巨大な観客席を支える柱によってすでに内部は見えないが、神殿の内部は完全に隠されている。
生贄台は倒され、聖火は消え、聖杯は転がり、儀式のための花、目隠し、などは階段や床に散らばっている。神官は逃げ出し、衛兵たちはティマンテの友人たちによって追われ、混乱と蜂起がおこされる。]

(II-9) ティマンテは混乱のうちにディルチェーアと逃亡を図るが、ディルチェーアは幼子のオリントがどこにいったかわからないので留まると言う。その間にも衛兵がやってきて協力者たちの姿もなくなるので、二人は絶望しながら別の逃げ道を探している。(II-10) 衛兵を引き連れたデモフォオンテは、抜き身の剣を手に右手から登場。追い詰められたティマンテは、慈悲など請わずに死ぬと父に申し出衛兵に身を預けようとするので、デモフォオンテは息子の決意が堅いことに密かに感心する。そして、ここでティマンテは初めてデモフォオンテにディルチェーアは自分と既に結婚し母となっていることを明かすので、デモフォオンテは神との義務と父としての愛の葛藤に揺れ歌う< Perfidi, già che in vita裏切り者たちよ。運命がもう現実に> 。(II-11) 捕らえられたディルチェーアとティマンテは二人、愛を誓い合い二重唱を歌う< La destra ti chiedo右手を出して欲しい>。


■第三幕

●第3幕・第1景(第1-8場)
[ティマンテが囚われている牢獄の中庭]

(III-1) ティマンテは牢獄にあって死ぬ覚悟を決めており、衛兵隊長のアドラストの助け舟もきっぱりと断るので、アドラストは歌い立ち去る< Non odi consiglio? 助言を憎まないのか?>。(III-2) そこにケリントが現れ、妻も子も戻してやるというデモフォオンテ王の言葉を伝える。その急な心変わりを不審に思い聞くと、クレウーザの助言なのだと言う。そして自身のクレウーザへの深い恋をティマンテに打ち明けるが、王位を望んでいるクレウーザとは結婚はできないと嘆く。その様子からティマンテはすぐに、すべての後継王子としての権利をケリントに譲ると言うので、ケリントは歓び歌う< Nel tuo dono in veggo assai あなたの贈り物に私は見る>。(III-3) ケリントによってティマンテが居る場所を知らされたマトゥージオがやってくるので、ティマンテは先ほどの喜びの結末を報告しようとする。しかし、マトゥージオは、ディルチェーアは実は本当の娘ではなくティマンテの妹なのだと、証拠となる王妃からの手紙とともに出世の秘密を明かすので、崩れ落ちるティマンテ。マトゥージオは同じニュースに喜ぶ人も苦しむ人もいて心次第だと歌う < Ah, che nè mal veraceあぁ、苦しい真実も、良い本当の事も>。(III-4) ティマンテは、その知らせが本当ならオリントは息子なのか甥なのか、ディルチェーアは妻なのか実の姉なのか、一人深く悩む。
(III-5) クレウーザ、デモフォオンテ、オリントを抱いたアドラスト、そしてディルチェーアが反対側より登場し、嘆きと赦しの言葉をケリントにかけ始める。が、先の知らせに絶望しているティマンテは、ディルチェーアの言葉にも耳をかさずもう死なせてくれと受け付けず、後に出生の恥を知ることになるだろうと幼いオリントに向かって歌う< Misero pargoletto哀れな幼子よ> 。(III-6) 皆はティマンテの心変わりの真意がわからず、デモフォオンテは嘆き歌う< Odo il suono de’ queruli accentiその悲しみの調子を我は聞く> 。(III-7) クレウーザとディルチェーアは二人になると、クレウーザはディルチェーアに落ち込むよりもすぐに夫の傍に行ってその訳を聞いてきなさいというが、ディルチェーアは今は雷に打たれたような気分で声も出ないと答え歌う< Che mai risponderti? 何とあなたに答えればいいのでしょう?>。(III-8) クレウーザは一人、結婚をめぐって様々な不幸が起きたがもうこれ以上は起きないだろうと歌う。< Non dura una sventura不運は続かない> 。

●第3幕・第2景(第9-12場)
 [クレウーザの結婚のために華々しく飾り付けられた宮殿の壮麗なある場所]

(III-9) ティマンテとケリント。宮殿に連れてこられたティマンテに、ケリントは不幸であったにせよあなたに罪はないと言っているが、ティマンテはもはやすべてのことは苦しみになるだけなので、このまま無実のままに死なせて欲しいと言っている。(III-10) そこにアドラスト、続いてマトゥージオ、オリントを抱いたディルチェーアが入ってくる。マトゥージオは我が息子よとティマンテに話しかけ、マトゥージオこそが本当の父なのだと明かし、ディルチェーアもあなたの兄弟ではないから安心してと言うも、ティマンテはまだ訳が分からず、それを疑っている。(III-11) デモフォオンテが現れ、その言葉は本当で、お前は私の子ではなくマトゥージオの子なのだと言いその経緯を話す。(III-12) 最後にクレウーザが現れ、デモフォオンテはここに我が子にしてあなたの夫となるケリントがと導き、クレウーザはケリントとの結婚に承諾する。またティマンテは、神託で述べられていた「無辜の簒奪者」とは自分のことであったのかと言うので、デモフォオンテはそうだと答え、ここに本当の血統に王位が戻り、神への犠牲の儀式はなくなったと宣言する。さらにデモフォオンテはティマンテに、それでもお前はまだ自分の息子で、死ぬまで父と呼んで欲しい、そしてこの関係は運命ではなく私たちによってより強くなったのだと言い、皆は喜びの合唱を歌う< Par maggiore ogni diletto すべての喜びは大きく見える> 。


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再演情報(一部)、および録音情報  
*1800年までに少なくとも73の作曲家によってオペラ化されている。

●A. カルダーラ (ウィーン, 1733年11月4日)
  【CD: アリア“Misero pargoletto”, in 《Caldara in Vienna, Forgotten Castrato Arias》, Philippe Jaroussky, Concerto Köln/ Emmanuelle Haïm, [Rec. 2010], (Virgin Classics: 5099964192727, 2010)】

●A. ヴィヴァルディ (不詳)
  【CD: アリア,“Sperai vicino il lido”in 《Heroes Vivaldi Opera Arias》, Philippe Jaroussky, Ensemble Matheus/ Jean-Christophe Spinosi, (Virgin Classics: 00946 363414 2 2, 2007)】

●F. チャンピ (ローマ, 1735/2/5)
●F. マンチーニ&D. サッロ&L. レーオの共作 (ナポリ, 1735)
●E. ドゥーニ (ロンドン, 1737/5/24)
  【CD: アリア, “Prudente mi chiedi” in 《L’age d’Or des Castrats》, Aris Christofellis, [rec. Paris, 1987, 1988], (CDC 5 55259 2, 1994)】
  【CD: アリア, “Misero pargoletto”, in《Farinelli et son temps: “Quel usignuolo”》, Aris Christofellis, Ensemble Seicentonovecento/ Flavio Colusso, [rec. Roma, 1993, 1994], (EMI Classics: CDC 5 55250 2, 1994)】
  【CD: アリア, “”Misero Pargoletto”, “Prudente mi chiedi” in《In turbato mare irato: Arie di bravura del secondo barocco》, Francesco Divito, Orchestra da Camera “Benedetto Marcello”/ Flavio Emilio Scogna, [rec. Teramo, 2011], (Tactus: TC 670002, 2011)】

●G. プリヴィオ (トリノ, 1738/carn.)
●A. ベルナスコーニ (ローマ, 1741/carn.)
●C.W. グルック (ミラノ, 1743/1/6)
  【CD: アリア, “Sperai vicino il lido” in 《Carestini- The Story of a Castrato》, Philippe Jaroussky, Le Concert d’Astrée/ Emmanuelle Haïm, [rec. Paris, 2006], (Virgin Classics: 5099951054427, 2007)】

●C.H.グラウン (ベルリン, 1746/2)
【CD: アリア, “Misero pargoletto” in 《Sacrificium》, Cecilia Bartoli, Il Giardino Armonico/ Giovanni Antonini, [rec. Valladolid, 2008?], (Decca: 478 1521, 2009)】

●F. ウッティーニ (フェッラーラ, 1750)
●D. ペレス (リスボン, 1752)
●G. コッキ (ヴェネツィア, 1754)
●T. トラエッタ (ヴェローナ, 1758)
●N. ピッチンニ (レッジョ・エミーリア, 1761/5)
●M. ヴェント (ロンドン, 1765/3/25)
●F. ペトルッツィ (フェッラーラ, 1765/12/26)
●G. ミズリヴィチェク (ヴェネツィア, 1769/1; ナポリ, 1775/1/20) 
  【CD: 序曲 in 《Josef Myslivecek, Symphonies & Overtures》, L’Orfeo Barockorchester / Michi Gaigg, [Rec. 2003] (CPO: 777 050-2, 2004)】

●N. ヨンメッリ (ナポリ, 1770)
  【CD: アリア, “Siam passagieri” in《Salve Regina: Belcanto-Werke》, Tomasz Kaluzny, L’Orchestre Baroque de Strasburg/ Harald Kraus, [rec. Fulda, 1997], (Koch Schwann: 3-6508-2, 1998)】

●G. サルティ (コペンハーゲン, 1771; ローマ, 1782/carn.)
●P. アンフォッシ (ローマ, 1773/carn.)
●M. ベゾレフスキー (リボルノ, 1773/2)
●G. パイジェッロ (ヴェネツィア, 1775/carn.)
●J. シュースター (フォルリ, 1776)
  【CD: 全曲《Demofoonte》, (Andreas Post, Dorothee Mields, Marie Melnitzki, Jörg Waschinski, Werner Buchin, Jan Kobow, Bernhard Schafferer), La Ciaccona/ Ludger Rémy, [rec. Müchen, 2001], (Deutsche Harmonia Mundi: 74321 98282 2, 2003)】

●F. アレッサンドリ (パドヴァ, 1783/6/12)
●A. タルキ (クレーマ, 1786/9; ミラノ, 1786)
●L. ケルビーニ (パリ, 1788)
  【LP(《Démophon》)全曲, (Montserrat Caballé, Giuseppe Taddei, Veriano Luchetti, Margarita Castro Alberty, Jean-Philippe Lafont), Teatro dell’Opera di Roma/ Gianluigi Gelmetti, [rec. Roma, 1985], LP】
  【CD(《Démophon》), 序曲 in《Luigi Cherubini: Arias and Overtures from Florence to Paris》Maria Grazia Schiavo, Auser Musici/ Carlo Ipata, [rec. Pisa, 2010], (Hyperion: CDA67893, 2012)

●M. ポルトガッロ (ミラノ・スカラ座, 1794/2/8)

●モーツァルト
 “In te spero, o sposo amato”K.440 (ウィーン、1782) 妻となるコスタンツェ・ウェーバーのための練習曲として
“Misero pargoletto” K.77(ミラノ、1770)フィルミアン伯爵のコンサートのため
“Non curo l’affetto d’un timido amante” K.74b(ミラノ、1771)コンサート用として《ミトリダーテ》上演中に作曲
“Se ardire e speranza K.82(ローマ。1770 おそらくバルベリーニ公爵宮で開催されたアッカデーミアのために作曲
“Se tutti i mali miei” K.83 (ローマ、1770) おそらくバルベリーニ公爵宮で開催されたアッカデーミアのために作曲


キーワード:デモフォーンテ、デモフォン、クレウザ、ディルチェア、マトゥジオ

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