« 2011年6月15日の新聞ニュース2つ  | トップページ | メタスタージオ《オリンピーアデ》あらすじ、再演、録音情報 »

大モテのエネアス ~ メタスタージオ台本《見捨てられたディドーネ》とピッチンニ作曲《クーマのエネーア》

久々のエントリーです。

ナウシカも登場するホメーロスの《オデュッセイア》は、トロイア戦争に勝ったオデュッセイウスの10年にも渡る漂流譚で、西洋の基礎教養となっているが、これをペネロペを10年も待たせた浮気者の言い訳の、なんとも楽しい与太話譚と読み替えることもできましょう。古典をもっとくだけた見方で読んでいくと、さまざまに隠されたエロースが目に付き、なるほど、だから古典として読み継がれているのかとうがった見方させてくれさえします。中でも、トロイア戦争に負けたトロイの王アエネイス(エネアス、エネー、エネーア)のモテぶりには、オペラ史的には大変注目されます。

彼は、ウェルギリウスの《アエネイス》でその人生が描かれるように、トロイア王と女神アフロディテとの間に生まれた王子で、トロイア戦争で負けたため一家離散、北アフリカ沿岸の国カルタゴに漂着すると、こここで女王ディドーネと出会い相思相愛の中になるが、父から託された新トロイア建国の夢のため、彼女を振り切って7年放浪した後イタリアにたどり着き、そこの国の王女と結婚し、後のローマ帝国の土台を作った人物である。

このような”モテ男”としての有名人がオペラ化されない理由はありません。
パーセルの《ダイドーとエネアス》、カヴァッリの《ディドーネ》、さらにメタスタージオの《見捨てられた/見棄てられたディドーネ》(1724)がディドーネの悲恋と共に描かれ、オペラ・セリアの人気登場人物となっていくと、彼自身タイトルロールとして《イタリアのエネーア》(1676)はじめ、エネーア物が続き、《エリュシオン(極楽)のエネーア》(1731)、《ラツィオのエネーア》(1755)、《エネーアとラヴィーニア》(1761)、《カルタゴのエネーア》(1770)、《トラキアのエネーア》(1781)、《シチリアのエネーア》(1792)、などが作られるようになります。有名なプッチーニの曽祖父のAntonio Puccini(1747-1832)も、《ラツィオのエネーア》の台本に音楽付をして、1795年にルッカで発表しています。
さらに面白いのは、上記のような”宮廷用オペラ”ではなく、市民向けの喜劇オペラの分野でも《クーマのエネーア》が作られ、そのモテぶりがパロディ的に扱われている点でしょう。

というわけで?今日は、これまでほとんど紹介されたことのない18世紀イタリアのエネアス物としてメタスタージオの《見棄てられたディドーネ》、およびミリロッティ台本《クーマのエネーア》のあらすじを連続紹介することにします。

これほどまでに重要人物のメタスタージオも、日本ではモーツァルトの《シピオーネの夢》、《牧人の王》とヘンデルの《エツィオ》など以外にほとんど知られていないことから常日頃大変残念な思いをしていますが、彼がナポリ向けに書いた第1作で大成功を治め100人以上の作曲家によってオペラ化されたこの《見棄てられたディドーネ》について、個別アリアインチピットとともにそのあらすじを場面ごとにまとめてみました。

《ディドーネ》をめぐる個人的な想い出としては、スポレートで上演されたガルッピの《ディドーネ》(ボンジョヴァンニからCD化されている)に駆けつけましたところ、偶然に故永竹由幸先生と出会い、その足で夕食をごちそうになったことが思い出されます。あと、パリのシテ・ド・ラ・ミュジックでトゥルキーニによって世界初演されたピッチンニの《ディドーネ》で主役を演じたコジェナの<Son regina>が見事で、今も脳裏に焼きついています。コンサート形式ながらあれだけの存在感を出せるとはさすがで、日本ではまだまだでしょうか。


一方、フィオレンティーニ劇場座付き台本作家で、多くの喜劇演劇、オペラ用台本を手がけていたミリロッティによって台本が書かれた《クーマのエネーア》は、1746年、1760年にそれぞれComponimento per musicaとして両シチリア王に献呈された同名の祝祭劇(前者は作曲者不詳、後者はジェンナーロ・マンナ作曲)ではなく、1775年にナポリのフィオレンティーニ劇場のために、大作曲家ピッチンニが書き下ろしたCommedia per musicaであり、それ以降の再演は一度も行われたことのない極めてマイナー作品です。というわけで台本の中身については、今回が本邦どころかおそらく世界初公開。ターラント市立図書館に所蔵されている初演台本をもとに私が独自にまとめてみました。

この作品で気になったフレーズは、エネーアが新しく従者となったプローコロに「お前には魂(勇気)があるかAi spirito?」、と訪ねたら「わたしゃ猫のように7つの魂がありまっさN'o sette comm' a gatta.」と答える場面、エネーアも劇中で笑っているが、私もずいぶん笑いました。

2作品はジャンルも作品としても全く違いますが、続けて読んでみるととても興味深いです。喜劇のほうでは、カルタゴで、ディドーネとセレーネを”コマした”挙句に彼女らを振りつつイタリアに到着。さっそくクーマで、女官ののデイフォベに一目惚れし求愛した直後、王女ラヴィーニアと一目惚れして彼女と結婚してしまう節操のなさを見せるのだから。

ちなみに、喜劇オペラが3幕から2幕仕立てになってゆくちょうど過渡期の作品であり、どのように第2,3幕が処理されていたのか(2幕はアンサンブルフィナーレで、3幕は主役のデュエットで終了するという趣向)がわかる点、また、第3幕でみられるオルフェーオ的な洞窟、三途の川から、いかにグルックの《オルフェーオ》物が、1770年代ヨーロッパ全体のオペラ界を一世風靡し、喜劇オペラの世界にまで影響を与えていたのか、証言する好例になろうかと思います。
また、この作品に登場する二面性を持つデイフォベは、この時代の特にセミ・セリア役の特徴となっており、ピッチンニ作曲チェルローネ台本による《ナポリのアメリカ人》(ナポリ、1768)の主役で「アメリカの女王になってしまっているナポリの娘」のジャコミーナなどと共通し、彼女らの音楽面での2面性やそこからもたらされる喜劇性は大変注目です。

***************************************************

●《見捨てられたディドーネ/見棄てられたディドーネDidone abbandonata》

■ジャンル dramma per musica
■台本 メタスタージオ( Pietro Trapassi)
■初演年 1724年謝肉祭
■初演 ナポリ、サン・カルロ劇場
■初演作曲家 ドメーニコ・サッロDomenico Sarro

■登場人物
ディドーネDidone カルタゴの女王、エネーアを愛している 
エネーアEnea    トロイの戦士
イアルバIarba   ムーア人の国の王、アルバーチェの名前で変装
セレーネSelene  ディドーネの妹で、密かにエネーアを愛している
アラスペAraspe  イアルバの腹心で、セレーネの恋人
オスミダOsmida ディドーネの腹心

■場面設定 カルタゴ
■前書き(メタスタージオによる):
 
 ディドーネは、兄弟の一人であったティーロの王ピグマリオーネによって、自分の夫を殺されたシケオの未亡人。その後、莫大な富とともにアフリカに逃げ、カルタゴを建国。この地でたくさんの求婚をうけ、とりわけムーア人の国の王イアルバから強いアプローチを受けているが、亡くなった前夫のことを言い訳に、それを拒絶している。そこにエネーアが嵐に巻き込まれ、アフリカの海岸に到着し、ディドーネによって助けられる。彼女はエネーアに惚れるが、一方エネーアはそれを快く思うも、新しいトロイの建国という義務を肩に、イタリアに行かねばならず、最終的に出立する。そして、ディドーネは失意のうちに自らの命を絶つ。

以上の物語は、ヴィルジリオの『オデュッセイア』を下敷きとするが、こちらではカルタゴの建国と、エネーアの過ちの場面を、時代錯誤から同一の時期としている。オイディウスの『Fasti』第3巻で登場するディドーネの妹アンナについて、私たちはセレーネと呼ぶが、彼女もまた密かにエネーアに恋していたはずである。また簡略化のため、イアルバのディドーネへの謁見の場面ついては、彼自らカルタゴにやってきた大使アルバーチェに身分を扮装するという設定に変更させている。


■あらすじ *場面番号は、メタスタージオ初演台本に基く(作曲家ごとに異同多数あり)

■第1幕

●第1幕・第1景(第1-4場)
 [謁見の場となる壮麗な場所、一方には王座。背景には、カルタゴの街が建設中である]

(I-1) 壮麗な謁見の屋。エネーアは、亡き父から命じられたトロイ再建のために、イタリアに行かなくてはならず、愛するディドーネを見捨てていかなければならないと、ディドーネの侍女セレーネに打ち明ける。(I-2) そこにディドーネがやってきて、エネーアの様子がおかしいことに気付き問いただす。エネーアは真実を打ち明けようとするが、それはできないと苦渋の中で歌う< Dovrei... Ma no..それをしなければ、でもできない.>。(I-3) セレーネは、ディドーネにエネーアの出発の計画を打ち明ける。そこに家臣オスミダが、ムーア人の国からの大使がやってきたと伝える。苦しむディドーネを見て、セレーネは同情し歌う< Dirò che fida sei貴方は間違っていないと私は言うでしょう>。(I-4) ディドーネは、エネーア以外に目には入らないから、ムーア人の王の期待も全く無駄だとオスミダに伝える。 


●第1幕・第2景(第5-13場)
[荒々しいマーチとともに、遠くからイアルバとアラスペがやってくるのが見える。彼らは、ムーア人、また虎やライオンを引き連れ、王女に捧げるために持ってきた贈り物が続く。オスミダにかしずかれているディドーネは王座につき、その右手にオスミダが位置する。二人のカルタゴ人が外からアフリカ人大使のためにクッションを持ってきて、彼らは遠いながらも王座の正面に座る。イアルバとアラスペは、しかし入口で立ち止まる。]

(I-5) (荒々しいマーチとともに、遠くからイアルバとアラスペがやってくるのが見える。彼らは、ムーア人、また虎やライオンを引き連れ、王女に捧げるために持ってきた贈り物が続く。オスミダにかしずかれているディドーネは王座につき、その右手にオスミダが位置する。二人のカルタゴ人が外からアフリカ人大使のためにクッションを持ってきて、 彼らは遠いながらも王座の正面に座る。イアルバとアラスペは、しかし入口で立ち止まる。)
アルバーチェという名の大使に変装しているイアルバ王は、ディドーネと謁見すると、エネーアとの関係も知っているが、イアルバ王は結婚を望んでおり、断るなら戦争だと伝える。ディドーネはエネーアを愛し、彼と結婚するからと断り歌う。< Son regina e sono amante私は女王、そして私は恋している>。(I-6) ディドーネの返答を聞いて下がるイアルバとアラスペであったが、途中、オスミダが自分を味方につける代わりに、もしディドーネとの結婚がうまくいけばカルタゴの司令官に任命してくれと話を持ちかけ歌うTu mi scorgi al gran disegno。(I-7) イアルバとアラスペは、オスミダの話は信じられないと話し合い、それよりもエネーアに復讐だと言いイアルバは歌う< Fra lo splendor del trono王座の輝きの中にあって>。(I-8) アラスペは一人、運命の過酷さを思い、どのように自分の身をおけばよいか嘆き歌う< Se dalle stelle tu non sei guidaもし星からの導きがないならお前は[*トラエッタ版では、以下の差し替えアリアに変更: Pace non ha quel core]>。(I-9) エネーアは、セレーネにオスミダは自分の気持ちを誤解していると言う。セレーネは出発前にネプチューンの神殿で姉ディドーネと会ってほしいと言う。(I-10) イアルバとアラスペは、刀を手にエネーアを探している。そこにセレーネとエネーアが通りかかり、王宮内での乱暴を見とがめる。イアルバ達はまだエネーアを認識していないので、エネーアは、自分が誰か知るときにはお前はこれほど乱暴にはなれないぞと歌う< Quando saprai chi sono私が誰だか分かったら>。(I-11) イアルバはエネーアの身分を知りたいと跡を付けようとするので、セレーネはイアルバを捕らえ、彼こそがエネーアだと言う。(I-12) 捕らえられたイアルバとアラスペのもとに、オスミダがやってきて、ディドーネはもうネプチューンの神殿に向かったので、もう時間はないと知らせ、手助けをしようと申し出て神殿に向かう。(I-13) イアルバとアラスペは二人、助けもないのにこれからどうするかと話す。イアルバはしかし、自分は氷が張っていても奔流でそれを溶かすような急流のようなものだと歌う< Son qual fiume, che gonfio d’umori私は、人の心で満たされたその川の流れのよう>。

●第1幕・第3景(第14-18)
[ネプチューンの像が置かれたネプチューンの神殿]

(I-14) 場所はネプチューンの神殿でディドーネを待つオスミダとエネーア。エネーアは、ディドーネにカルタゴを離れると告白するとオスミダに伝える。(I-15) イアルバとアラスペがネプチューンの神殿にやってきて、エネーアを発見する。(I-16) イアルバ、アラスペがエネーアに刃を向けているところにディドーネが到着する。ここでイアルバは自分の身分がイアルバ王であると明かすので、ディドーネは嘘つきだと怒る。オスミダはイアルバに目配せするので、イアルバは剣を置く。(I-17) ディドーネは、エネーアが助かったことに安心する。しかしエネーアは、カルタゴを離れなければならないことを打ち明け、ディドーネは絶望する。愛が離れたからではないと言うエネーアだが、嘆くディドーネ。(I-18) エネーア一人、義務と愛に悩み歌う< Se resto sul lidoこの浜に残るならば>。

■第二幕

●第2幕・第1景(第1-8場)
[王宮の中の部屋。机と椅子が置かれてある]

(II-1) 王宮の中の一室。アラスペは、セレーネに求愛して歌う< Ardi per me fedele>。[*ヨンメッリ版では、以下差し替えアリアに変更D'altre nubi è il sol ravvolto]。(II-2) アラスペはそれがかなわぬ思いと知りながらも、希望を失わない。[*トラエッタ版、ハッセ版では、この場面でアラスペのために新たなアリアが挿入されるL’augelletto in lacci stretto] (II-3) ディドーネは、イアルバに怒り死んでほしいと、さらにエネーアの名前も聞きたくないと忠臣のふりをするオスミダに怒りをぶつけている。オスミダは、エネーアの居場所を知っているというので、ディドーネはすぐにここに連れてくるよう命じる。(II-4) エネーアがやってくると、ディドーネは、エネーアが居ずとも一人でカルタゴを作りあげると強がりを言うが、まだ彼が出発していなかったことに安心し、最後にはエネーアに捨てないでと歌う< Ah! Non lasciarmi, noあぁ私を棄てないで、だめ>。(II-5) エネーアはまだ愛を捨てきれず悩んでいるところに、イアルバがオスミダの手引きでやってくる。エネーアは自分の思いをイアルバに見せる。(II-6) イアルバは一人、なぜかライバルのエネーアに哀れみを感じ、不思議だと歌う< Fosca nube il sol ricopra暗い雲が太陽を覆い隠す>。

●第2幕・第2景(第9-11場)
[地階のガレリア]

(II-7) エネーアはアラスペに義務と愛に揺れる自分の気持ちを告白し、アラスペを友と扱おうとして武装解除するが、アラスペは敵なので戦えと言う。(II-8) セレーネがそこに現れ、仲裁に入ろうとする。アラスペは、自分のセレーネに対する気持ちは本当だと歌いながら去る< Tacerò, se tu lo bramiもう何も言わないだろう、もしお前が彼を望むなら>。
(II-9) セレーネは、ディドーネの戻って欲しいという伝言をエネーアに伝えるが、エネーアはもっと辛くなるからとそれを断り歌う< Tormento il più crudeleこの上なく酷い責め苦は [*トラエッタ版では、以下差し替えアリアに変更: Ah, non sai, bella Selene]。(II-10) セレーネ一人、なぜこんなにため息がでるのかと歌う< Ogni amator supponeすべての恋するもの達は信じて>。


●第2幕・第3景(第11-14場)
[椅子の置かれた小部屋]

(II-11) 椅子の置かれた小部屋。エネーアはディドーネと会っている。ディドーネは、敵に囲まれ、もはや死ぬかイアルバの求愛を受けるかしか道は残されていないと言う。もしエネーアと結婚できたら、アラビアからアフリカ全土は私たちのものと言うも、もはやエネーアは愛を胸にしまい出て行こうとする。(II-12) イアルバが呼び出され、ディドーネはイアルバの申し出を受けることをエネーアに見せつける。イアルバはすべての富をディドーネの美しさに捧げると言いディドーネもそれを涙ながらに受け入れる。エネーアは苦しみに耐えられず、自分こそが悪いのだと出てゆく。(II-13) イアルバはようやくディドーネを手に入れられることになったと思うが、ディドーネはお前なぞ全く眼に入らないとその求愛を断る。イアルバは、自分をそのように扱うのかと怒りながら歌う< Chiamami pur così私をそのように呼ぶのか>。(II-14) ディドーネ一人、怒りの中にあっても、やはりまだエネーアだけを愛していると歌う< Va lusingando amore愛へのはかない気持ちが高まるけれど>。


■第三幕

●第3幕・第1景(第1-7場)
[港。エネーアが乗船する船が接岸している]


(III-1) 港には、エネーアが乗船する船が接岸している。トロイア人たちとともにエネーアは出発の準備を進めている。(III-2) ムーア人たちを引き連れてイアルバが現れる、決闘を申し込み、エネーアは優勢となりイアルバを殺そうとするが留まり、イアルバは王の負けは王国すべての負けだと歌う< La caduta d’un regnanteある君主の敗北は>。(III-3) オスミダは一人、イアルバの形勢が悪いことを見極め、この調子で自分にとって良いチャンスが訪れると企んでいる。(III-4) イアルバは怒りながら急いで王宮に戻っていく。オスミダが近づき、あなたへの恩を忘れないでくださいと言うが、反対に裏切り者だと言われ、捕まってしまう。
(III-5) 逃げるムーア人をトロイ人は追い立て、エネーアが登場する。捕らえられたオスミダの事情を理解したエネーアは、オスミダを解放させ、オスミダは改心し歌う< Quando l’onda, che nasce dal monte山から生まれた波が>。(III-6) 出帆準備を進めるエネーアのもとにセレーネがやってきて、ディドーネの伝言を伝え、さらにこれでも戻らないなら私もあなたを殺すと言うが、エネーアは私が軍人だといいこれを拒否し歌う< A trionfar mi chiama勝利が我を呼んでいる>。(III-7) セレーネ一人、密かに愛していたエネーアに裏切られたと嘆き歌う< Io d’amore, oh dio! Mi moroあぁ神よ、私は愛ゆえに死ぬ [*トラエッタ版では、以下差し替えアリアに変更: Nel duol che prova]


●第3幕・第2景(第8-20場)
 [遠くにカルタゴの街を眺める王宮。その後火事]

(III-8) 場面は遠くにカルタゴの街を眺める王宮。ディドーネは心の痛みを一人歌う < Va crescendo高まってゆく私の苦しみ>。そこに王宮に戻ったオスミダはエネーアについてディドーネに報告する。 (III-9) セレーネが現れ、もう彼は出発するところだと伝えると、ディドーネは怒り、オスミダにすぐに止めに行かせる。(III-10) セレーネは、オスミダを信用しないようディドーネに忠告するが、分かっているわとディドーネ。(III-11) カルタゴの街から炎が上がっているのが見える。アラスペが王宮のディドーネのもとにやってくると、あなたと王国を助けるために来たのだと言う。(III-12) そこにオスミダが戻ってきて、すでに炎に囲まれ出ることができないと言う。それよりも、エネーアがどうなったか必死で聞くディドーネ。彼はもう出発したと報告すると、すぐにオスミダを再び海岸に戻らせようと言いながら炎に逃げるべきか混乱するディドーネ。(III-13) 避難しましょうとディドーネに進言するアラスペ。ディドーネはセレーネに行けと言うが、自分はここに留まると言う。(III-14) 粘るアラスペに、ディドーネはもはや希望を全て失ったので、なすがままにしておいてと言う。(III-15) もはや火の手は宮殿に迫っている。アラスペはさらに衛兵が来たから逃げてくださいと食い下がるが、ディドーネの決意は硬い。(III-16) セレーネの訴えに、ディドーネは助けを探しましょうとようやく行動をはじめるが、皆はもはや遅いと言う。ならばディドーネは、私の死に様に学びなさいと言う。 (III-17) イアルバが現れ、嘆くディドーネを侮辱し、もうカルタゴ王国は終わりだが助けて欲しいなら命だけは助けてやると言い歌う< Cadrà fra poco in cenereもうすぐ灰の中へと崩れるだろう>。(III-18) イアルバに降参して下さいと進言するオスミダとセレーネ。しかしディドーネは、すべての不運の元凶はエネーアにあると怒り、呪詛を吐く。(III-19) オスミダはディドーネの説得を続けるも、すべての者は敵で、神などいないと叫ぶディドーネに、オスミダはもはやこれまでと立ち去る。(III-20) 一人残されたディドーネは、何ということを言ったのだと自省し始める。迫る炎に恐れをなし、どこに行けば良いのか、もはや死ぬしかないのかと歌う< Vado... Ma dove? Oh dio? 行くわ、でもどこへ? 神よ!>。そして、これが運命だったのだと言うや、燃え盛る炎に自ら飛び込み、幕となる。


■録音情報  

●L. ヴィンチ(ローマ, 1726)
  【CD: アリア,“Ardi per me fedele” in《Leonardo Vinci: Arie d’opera》, Maria Angeles Peters, Solisti dell’Orchestra Internazionale d’Italia/ Massimiliano Carraro, [rec. Gerace, 1990], (Nuova Era: 6997, 1994)】

●J. ハッセ(J. ハッセ(Hubertusburg, 1742; 第2稿ドレスデン, 1743)
【CD: 全曲《Didone abbandonata》, (Theresa Holzhauser, Maddalena Hinterdobler, Maria Celeng, Valer Barna-Sabadus, Flavio Ferri-Benedetti, Andreas Burkhart), Hofkapelle Munchen/ Michael Hofstetter, [rec. Munich, 2011], (Naxos: 8.660323/25, 2013)】
  【CD: 序曲 in《A tribute to Faustina Bordoni》, Vivica Genaux, Cappella Gabetta/ Andrés Gabetta, [rec. Bremen, 2011], (Sony Music: 88691944592, 2012)】
  【CD: アリア,“Tu dici ch’io non speri”, “L’augelletto in lacci stretto” in 《Lava, Opera Arias from 18th Century Napoli》, Simone Kermes, Le Musiche Nove/ Claudio Osele, (Deutsche Harmonia Mundi: CD 88697 54121 2 (2009)】

●B. ガルッピ(ヴェネツィア, 1771)
  【CD: 全曲《Didone Abbandonata》, (Stefania Grasso, Federica Giansanti, Mria Agresta, Federica Carnavale, Giuseppe Varano, Andrea Carè), Orchestra del Teatro Lirico Sperimentale di Spoleto “A. Belli”/ Franco Piva, [rec. Melisso, 2006], (Bongiovanni, 2007)】

●G. パイジェッロ (ナポリ, 1794/4/11)


*****************************************
*********************************************

《クーマのエネーアEnea in Cuma》

■ジャンル Commedia per musica 喜劇オペラ
■台本   パスクァーレ・ミリロッティPasquale Mililotti
■作曲   ニコロ・ピッチンニNiccolo' Piccinni
■初演   ナポリ、フィオレンティーニ劇場Napoli, Teatro de' Fiorentini
■初演年  1775年度第1オペラ(春季、4月~6月?)

■登場人物
ラヴィーニアLavinia  ランノ王の娘、トゥルロの許嫁であるが、エネーアと結ばれる
デイフォベDeifobe  神殿の女官長、プローコロの愛人
メニカMenica     迎賓館の女主人。プローコロの愛人
プローコロ・バッタリオProcolo Battaglio
 博学を気取る馬鹿な男。気が変わりやすくデイフォベ、メニカと二股をかけている
エネーアEnea    トロイの戦士。ラヴィーニアに恋
トゥルロTurlo    尊大なロートロの王子。ラヴィーニアと婚約 
アカテAcate    トロイの戦士で、エネーアの腹心
マモーツィオMamozio 漁師。メニカの恋人で、嫉妬深い

■配役と言語
 
 セリア役(イタリア語):   ラヴィーニア、エネーア
 セミセリア役(イタリア語): デイフォベ、トゥルロ、アカテ
 ブッファ役(ナポリ語):   プローコロ、メニカ、マモーツィオ

■舞台設定、場面
●第1幕 第1景 (第1-4場) 
  クーマの河が注ぐ開けた浜辺。右手にはアポロ神、ディアナを祀る神殿。左手には、外国人を泊めるための瀟洒な館
    第2景 (第5-14場)神殿の中
●第2幕 第1景 (第1―3場) ステュクスの森へ続く人通りの少ない道
    第2景 (第4-9場) 月夜の晩。スティクスの森
     第3景 (第10場)  神殿
●第3幕 第1景(第1-3場) エリュシオンの地に続く洞穴とそこに至る道
    第2景(第3-5場)
   シュロや糸杉の茂るエリュシオン(神々に愛された人々が、死後そこで幸福な生活を営むとされる極楽)の地


あらすじ

■第1幕

(I-1)プローコロは、知らない人たちとテーブルを囲み、ビスコッティ片手にリキュールを飲んでいる(アンサンブル)Che eccellente, e bel liquore?。(I-2) かいがいしくプローコロの世話を焼くメニカを見て、彼女に恋しているマモーツィオはプローコロに嫉妬し歌うSchiattarraje primmo de me。騒ぎの後、プローコロ達は神殿の中に入る。ここではアポロがピトーネの蛇を殺した記念日を祝うために、デイフォベが神官たちと祭祀を執り行っているところである。祭祀について知識をひけらかすプローコロ、それをすごいと言うメニカがNa fegliolella, quanno è nnammorataと歌うので、嫉妬とともに悪態をつくマルツィオ。(I-3)メニカはプローコロに自分を愛しているのかと問い、プローコロもデイフォベが気になりながらもまんざらではないと言う。
(I-4)場面は神殿。デイフォベに惚れているプローコロは、さきほどのメニカのことを思い出しながらなんてことを言ったのだと反省する。デイフォベは新官たちにもうすぐトロイアの船がやってくると知らせている。互いに気づくと、デイフォベはプローコロにその愛を伝えるため、女官として愛の表現として手へのキスを求める(二重唱)Sempre in pena, ed in tormento(I-5)デイフォベは神殿に戻ると、そこにはラヴィーニアと、衛兵を引き連れたトゥルノがおり居丈高にラヴィーニアに自己紹介をするGià la fama da fiato alla tomba。デイフォベは、トゥルロの尊大な態度に、これが将来夫になる男かとラヴィーニアに問う。(I-6) マーチとともにエネーアがクーマに到着し、エネーアは歌うCara sponde, amico lido。すぐにプローコロ、メネカはエネーアに自己紹介のため近づいていく。彼らは言葉がうまく通じず、おかしなやりとりを続けるが、プローコロは彼の従者となる。さっそく剣を渡され、怖気づくプローコロSul Pomo ... da sta ... sciabbola ...。続きアカテも歌うNel sen destar mi sento。(I-7) エネーア、プローコロは、メニカのいる迎賓館で休養する。(I-8) プローコロは、エネーアを神殿で祭祀を行っているデイフォベのもとに連れて行き二人を紹介する。エネーアはデイフォベの美しさに気を取られ、プローコロはそれを嫉妬深く見ている。(I-9) エネーアは、デイフォベと二人になるとさっそくプロポーズをするMi desto quel tuo bel volto。
(I-10) 場面は神殿、マモーツィオはラヴィーニアにプローコロのことを話している。そこにトゥルロがラヴィーニアを探して単身やってくる。ラヴィーニアはトゥルロとの結婚の義務と嫌がる自身の気持ちの葛藤を歌うNon rendo ragione。(I-11) プローコロは、トロイア風の衣装をおかしく着て、エネーアに笑われている。そこにラヴィーニアが登場すると、エネーア、ラヴィーニア互いに一目惚れ。(I-12) デイフォベは、エネーア、ラヴィーニアの愛を神の前で誓いましょうと彼らを引き連れて行く。それを聞いたトゥルロは嫉妬に怒り、決闘を準備、デイフォベはトゥルロの行為をなんと思い上がったことと歌うQuel gonfio, quell’altero。(I-13,14) (アンサンブル・フィナーレCon animo e valore) 神殿においてエネーアとトゥルロは決闘、その結果、エネーアが勝ち、喜びのアンサンブルを歌うが、その背景で負けたトゥルロ、またプローコロに恋するメニカに嫉妬するマモーツィオが悔しがっている。
 

■第2幕 

(II-1) 場面はさみしげな通り。負けた恨みを抱え、仕返しを企むトゥルロ。そこに、エネーアの腹心のアカテが通りかかり、互いに不思議に思いながら身分をあかす。(アカテ)Fu mai sempre quel gran core(II-2)メニカに言い寄るマモーツィオVuje nfra feste, e nfra contiente。しかし、心は既にプローコロにあるとそれを断るメニカ。(II-3)日暮れ時。デイフォベ、ラヴィーニアは、騎士に叙せられるためエリュシオンの地に出発しようとするエネーアと従者プローコロを見送りにきている。ラヴィーニアは、道中気をつけてとエネーアに向けて歌うPensa bell’Idol mio。
(I-4) 月夜。ステュクスの森の中で、トゥルロは一人、エネーアに復讐しようと抜き身の剣を手に待ち構えている。そしてマモーツィオも漁の投網を手にしてもう片手で待っている。そこに、エネーアと剣を持ったプローコロがやってくると、目の前に大きな幹が立ちはだかっている。プローコロを上に登らせると、実はそれが2匹の怪物であることがわかり、片方が頭をあげるのでプローコロは騒ぎ始める。怪物の登場に驚いたトゥルロ、マモーツィオも飛び出し混乱するが、エネーアの一撃で怪物は退散する。
(II-5)場所は神殿。神殿の者によってトゥルロとマモーツィオは囚われている。デイフォベは法を破ったとしてトゥルロを怒っている。またラヴィーニアは、気を失っているエネーアとプローコロの二人を介抱すると二人の目は覚め、皆抱き合って喜ぶ。トゥルロがエネーアを殺そうとしたことを追求すると、トゥルロは自分の罪を認め、ラヴィーニアを諦めてエネーアに譲ると申し出る。トゥルノは、エネーアを褒め称え歌うSe la sposa a te cedei。(II-6) デイフォベとラヴィーニアは、プローコロに神をなだめるため、犠牲になってくれと言い始めるので、プローコロはいやだと騒ぐも、デイフォベはいつも見守るからと彼をなだめ歌うSe torbida Larva il cor ti spaventa。(II-7) ラヴィーニアとエネーアが二人、安堵し愛を誓っている。しかしアカテがトゥルノの復讐が近いと知らせるので、ラヴィーニアを置いて、エネーアは涙ながらにアカテと一緒に出発するA salvare il caro amico。(II-8) 神への犠牲となるため囚われの身となったプローコロは一人不運を嘆いている。そこにメネカがやってくるので、殺されてしまうと訴える。(II-9) そこにデイフォベがやってくるので、メニカはこんなに良い人のプローコロを殺そうとしているのかと食って掛かり歌うTu sì tanto, tanto bello。メニカの恋心を知っているデイフォベは、嫉妬もあってメニカも三人目の犠牲者にしてしまうと宣告する。喉をかき切られて殺されるのかと恐れるメニカにプローコロは歌うFiglia se a un letterato。そして、デイフォベは神官に命じて、メネカに神への捧げ物としてマントを着せさせ、儀式の用意をさせる。
(II-10) 二人の神官が並び、二人の使用人は生贄台を、ディアナに捧げられた大木の前に運んでくる。そして、ほかの二人の神官が、白衣と花冠をつけたマモーツィオ、メニカを、その後、4色の長いマントを着け、頭には樫と糸杉の小枝で作った冠が、左肩に斧がかけられ、右手に長い刃物を持った姿のプローコロを連れてくる。そして、冠をつけたデイフォベ、衛兵を連れたラヴィーニアが登場し、デイフォベは生贄台に火をくべる。
 儀式をめぐって、皆は大騒ぎをしているが、プローコロが体を揺するために手を上げると、突然森が光、管楽器による優しい音楽が鳴り始める。ここで突然劇はしばらく止まる。そして、そこにエネーアが“光る根っ子”を手に、もう片手にシビリーナの水で満たされた黄金の瓶を手に、喜びながら登場する。そして、トゥルノ、アカテが彼に続く。このことによって皆あっけにとられ幕となる。


■第3幕

(III-1) 人気のない通り。一方には洞窟への入口が見える。
メネカとマモーツィオ二人は、まず逃げようと話をしている。(III-2) プローコロは、これまでの出来事を怒り、愛しのメネカのところに行くといっている。それを聞いたメネカは、もう彼への愛は忘れたわ、と言ってマモーツィオを安心させる。そこにデイフォベが現れ、神のお許しの後、お前たちは逃げたと三人を責めるので、皆は蒼白になり皆は歌うTu proverai lo Scanapor。
(III-3) エネーアとラヴィーニア、さらにトゥルノ、アカテは、エリュシオンへ行こうと準備を進めている。皆は、プローコロに先に道を見に行かせている。その折、デイフォベは、エネーアに道中で“父の魂”が現れるだろうと予言する。そこにプローコロがおののきながら戻ってきてMm’aggio visto no varvoneと、洞窟の中には中で長い河があっておどろかされたと歌う。デイフォベは、それはレテの河で、アケロンテがその河を渡してくれるのだと言う。ラヴィーニア、トゥルロ、アカテはすぐに出発しようと言い、一方マモーツィオ、メネカは残るというが、デイフォベは皆を洞窟の中に連れて行く。
(III-4) 洞窟を通り抜けると、整然とシュロと糸杉が立ち並ぶエリュシオンの地が見える。遠くには、“永遠の神殿”が見え、右手には割れ目があり、ここから登場人物全員が次の合唱を歌いながらおそるおそる舞台に登場してくると、皆、その美しさに驚嘆し歌う(合唱)In queste foglie grate。
(III-5) 一人出遅れたプローコロは、洞窟の中から“アンキーゼの影”に声をかけられ、それが真っ白の姿なので驚いて腰を抜かす。アンキーゼの影がプローコロのそばに近づくとそこにデイフォベが登場し、恭しく語りかけ始める。ここでデイフォベと一緒にいたエネーアは、そのアンキーゼの影こそが自分の父の魂だとわかり抱擁しようとする。ラヴィーニアは、アンキーゼの影に、エネーアとの結婚を許して欲しいと言い、エネーアもこの地に残るといい、最後にそれが認められると、ラヴィーニアとエネーアはQual soave, e bel contentoを歌い、皆も喜ぶ。一方、プローコロは逃げ出そうとしている。それを引き止めるデイフォベは、“黒い人”が来ないといけないと言い、黒い衣装に身を包んだ“導師”がやってくる。プローコロはまだ飲み込めないていないが、勝手に契約は進められ、皆もはやし立てるので、ここでデイフォベとプローコロは結婚することになり、ハッピーエンドとなり二人は歌うPiena d’amor, d’affetto。


■見所(山田)
*神官長のデイフォベのセリア性とともに、同時に、プローコロと恋仲にあって人間性をみせるその二面性の描かれ方(1760年代より、喜劇オペラにはこのような二面性を持つ女が登場し、それにうまく状況に応じた音楽付をして”喜劇性”を引き出すことが、ピッチンニの得意手法の一つとなっている ⇒ピッチンニ作曲《アメリカのナポリ人》1768など) 
*常に女上位に描かれ、プローコロとマモーツィオは女に左右される。
*プローコロのモテぶり、また軽口にみられる喜劇性は、ナポリの伝統的な喜劇手法。
*2幕、3幕における超自然的なものの登場(森の怪物、アンキーゼの魂、洞窟を抜けて極楽に行く)等、喜劇オペラにおいて当時大変人気となっていた趣向であるが、死と再生などの場面に、フリーメーソン的な教義が反映されている可能性がないか考える必要がある。
*全体として、ダンテの神曲、ヴェルギリウスの《アエネイス》などがパラフレーズされ、エネーアの物語のように見えるが、筋は自由に翻案されており、説得力に欠ける場面も多い。

|

« 2011年6月15日の新聞ニュース2つ  | トップページ | メタスタージオ《オリンピーアデ》あらすじ、再演、録音情報 »

学術」カテゴリの記事

コメント

追加情報です。
上記のオペラ作品を歌う/聴く機会がやってきます。
以下の企画のマスタークラス(F)として、開催されますので、ご興味ある方は以下までご連絡を。
http://amifest.org/
★声楽家の為の表現法・演奏法のマスタークラス(「エネアスとディドーネ」課題曲)
講師:ミケーレ・ヴィザッジ 
期間:2012/11/ 28.29,30 
修了コンサート:
2012/12/1 場所:ビトント、トラエッタ歌劇場及び12/2フォッジャ大学提携コンサート
宿泊:ビトント
シングルルーム :1泊50ユーロ
ダブル       :1泊1人当たり40ユーロ
昼食・夕食    :各15ユーロ(チケット制・現地で必要ならば購入できます)
空港・B&B送迎:15ユーロ(タクシーより安いです)
******************************************
マスタークラス受講生募集 AMIFest Apulia International Music Festival  
イタリア・プーリア州バーリ県ビトント市で、開催されるフェスティヴァル「アミフェスタ」の一環として、様々なマスタークラスがおこなわれます。
【対象】現在キャリアを積んでいる声楽家、指揮者、ピアニスト、又は、プロを目指している学生の皆様
【講師】ヴィート・クレメンテ(指揮)ルイ―ザ・ジャンニーニ(Sop.)ミケーレ・ヴィザッジ(Cem.)他
【内容】テクニックから表現法、音楽スタイルなど幅広く学ぶ事が出来ます。
【場所】修了コンサート「ビトント市立トンマーゾ・トラエッタ劇場」*1800年代初頭に建築された馬蹄形劇場
A) 指揮者の為のマスタークラス 講師:ロベルト・ドゥアルテ 期間:10/30~11/7 修了コンサート:11/7
B) 声楽マスタークラス(レパートリー・自由選択) 講師:ルイ―ザ・ジャンニーニ 期間:11/2,3,4,5 修了コンサート:11/6
C) 声楽マスタークラス(テクニック・自由選択) 講師:ルイ―ザ・ジャンニーニ 期間:11/7,8,9,10,12修了コンサート11/14
D) 1)声楽家・ピアニストの為の表現法・演奏法マスタークラス(自由選択のイタリア語によるオペラのアリア)
2)声楽家・ピア二ストの為の表現法・演奏法のマスタークラス (オペラ全曲:リストの中から選択)
講師:ヴィート・クレメンテ(指揮)期間:11/15,16,17,18,19 修了コンサート:11/20
E) 声楽家の為の表現法・演奏法のマスタークラス(トラエッタ作曲宗教音楽:リストの中から選択。)
  講師:ヴィート・クレメンテ 期間:11/23,24,25,26日 修了コンサート:11/27
F)声楽家の為の表現法・演奏法のマスタークラス(「エネアスとディドーネ」課題曲)
  講師:ミケーレ・ヴィザッジ 期間:11/ 28.29,30 修了コンサート:12/1及び12/2
*外国人の為のイタリア語講座
期間:11/3~12/2(期間中毎日18:15~19.45)
マスタークラス参加費用
1コースのみ:450ユーロ
2コース選択:800ユーロ
3コース選択:1150ユーロ
4コース選択:1,500ユーロ
お問い合わせ・お申し込み(締め切り:2012/10/20)
http://www.amifest.org
E-mail: frutto_di_bosco[a]jcom.home.ne.jp 
*課題曲、楽譜はお問い合わせください。

投稿: 山田高誌 | 2012年9月30日 (日) 22時01分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/526586/55783133

この記事へのトラックバック一覧です: 大モテのエネアス ~ メタスタージオ台本《見捨てられたディドーネ》とピッチンニ作曲《クーマのエネーア》:

« 2011年6月15日の新聞ニュース2つ  | トップページ | メタスタージオ《オリンピーアデ》あらすじ、再演、録音情報 »